東京高等裁判所 昭和42年(ネ)105号 判決 1968年5月29日
控訴人 明和産業株式会社
被控訴人 江間忠木材株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。浦和地方裁判所昭和三九年(ケ)第五九号及び同第七二号不動産任意競売事件について、同裁判所が作成した売却代金交付計算書中、被控訴人に対して合計金九六三万七、九九一円を配当することとした部分を取り消し、これを全額控訴人に対して配当することとする。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張、証拠の提出、認否は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
一、控訴代理人は、
(一) 包括根抵当権は附従性を全く否定する結果となることからこれを有効と認めるわけにはいかないこともとよりであるが、かかる理は、債務者が破産に瀕し、これに対する無担保債権がほとんど無価値になつた場合に、包括根抵当権の設定を受けた者が、その無担保債権を廉価で買占めこれを被担保債権化し、巨利を博する不公平を防止するうえからも是認されるべきである。
そして右のような根抵当権者による無担保債権買占めという難点は、根抵当権による債務者(根抵当権設定者)振出の約束手形の第三者からの取得の場合にあつても変るところはない。現今において商取引上の決済については大部分が約束手形によつて行われているところであり、約束手形を利用しないことの方がまれであるといつてもよい。それ故根抵当権者による債権買占めも債務者(根抵当権設定者)振出の約束手形を取得することによつて行われることが常態となるわけであり、かつ約束手形の取得によつて債権を取得する場合には手形のみの入手で足り、別段債権譲渡通知も必要としないのであるから、根抵当権者が手形債権を取得した時期を明確にすることが困難であるため、例えば債務者が倒産した後になつてから根抵当権者が債務者振出の手形を廉価で買受けて根抵当権の限度額を満たすこともできるし、一部無担保債権者が根抵当権者と結たくして無担保債権を被担保債権化することもできることとなり、第三者からすれば手形の授受の時期を明確にし難いことから、これに対抗すべき方法がなくなるに至るわけで、第三者から取得した手形上の債権は被担保債権とはなし得ないとすることの必要性は、手形上の債権でない債権を第三者から取得した場合よりも余計に強いものといわなければならない。
(二) 本件の場合、被控訴人は訴外奥川商工株式会社(以下単に奥川商工という)に対してはもともと何の担保も持つていなかつたものである。従つて被控訴人が奥川商工から受領した約束手形上の債権九二一万九、三九七円は元来は無担保債権であつたものである。その手形を被控訴人が手もとに所持している間はその手形金債権は無担保債権でしかない。また被控訴人がその手形を埼玉銀行以外の金融機関で割引を受けた場合もその手形金債権は無担保債権であることに変りはない。
ところが、奥川商工が担保を差入れている埼玉銀行において、被控訴人がたまたまその手形を割引けば、その手形金債権が被担保債権となるというのは不合理である。しかも本件においては被控訴人は奥川商工から受領した手形を埼玉銀行で割引き、しかる後埼玉銀行からその手形を買戻しただけのことなのに、そのさい同銀行から奥川商工に対する他の債権債務及び担保等も同時に譲受けることにより、もともと被控訴人の手元にあれば無担保債権にすぎなかつたものが、右のような操作によつてたちまち被担保債権となつたものであり、極めて不公平であるといわざるを得ない。
奥川商工は常に埼玉銀行の与信の限度内で手形を振出していたわけではないはずである。また奥川商工から手形を取得した者が常に埼玉銀行で割引を受けることを考えていたわけのものでもない。奥川商工は自分自身の信用に基いて手形を振出していたものであり、奥川商工振出の手形を取得した者も自分自身の信用に基いて自分の取引銀行にその手形の割引依頼をしていたのである。そういう者のうちから、埼玉銀行でその手形の割引を受けた者だけ、しかも同銀行と右のような変則的な取引をなし得るような関係を持つていた者だけが、奥川商工において埼玉銀行に差入れていた担保の恩恵に浴しうるというのであつては、不公正不合理の極であり、かかることは許さるべきではない。
と述べ、
二、被控訴代理人は、
(一) 包括根抵当権の有効性は判例もこれを是認しているところであつて、これを詳論するまでもない。
(二) ところで、現行手形法によつて規定されている約束手形は、現代の資本主義経済のもとにおいては、銀行並に手形交換所の介在により、支払の用具としての機能と信用の用具としての機能とを果して、経済の維持及び発展に寄与しているところであり、その割引にさいしては、その割引依頼人の信用状態はもちろん、その振出人の信用(担保を差入れていることを含めた支払能力)ないし振出の事情を重視することは、銀行取引の実情である。そして約束手形は裏書によつて多数人間を転々とすることが通常予想され、該手形に署名した者は振出人を含めて最終の所持人に対して合同して手形金額につき支払義務を負担し、又手形署名者は当然そのことを予定して署名しているのである。銀行が手形を割引き該手形が不渡りとなつた場合、銀行はどの署名者に対して手形金額の請求をなすも自由である。もつとも割引依頼人は銀行との約定に基き割引手形が不渡りになつた場合銀行に対し買戻義務を負担するところ、銀行としては右のとおり手形所持人であるから、いずれの署名者に対して手形上の権利を行使するも自由であるのみならず、手形上の署名者としての手形割引依頼人に対して、手形上の権利と右買戻権とを自由に選択してこれを行使しうるのである。
(三) 控訴人は「根抵当権による無担保債権の買占め」の見地から本件根抵当権を無効なりとしているけれども、そもそも本件根抵当権は、乙第一号証のとおり銀行取引契約なる債権基本契約が存在し、かつ被控訴人及び太陽木材株式会社は、その営業資金獲得のために適法に埼玉銀行で奥川商工振出の本件約束手形を割引いたのであるから、右の控訴人の主張は理由がない。そして銀行取引及び根抵当権設定契約により奥川商工に対する埼玉銀行の約束手形金債権は本件根抵当権の被担保債権となるのであるから、その後同銀行から被控訴人が担保等を譲受けたからといつて、本件根抵当権、被担保債権の範囲が全く異質的なものとする根拠はどこにも存しない。さらに控訴人は本件物件につき根抵当権を取得するに際し第一順位である同銀行の被担保債権の極度額を知悉した筈であり、従つて本件物件の売得金から配当金を得られなかつたからといつて、それはむしろ控訴人において当初から予期していたと考えるべきであり、加うるに同銀行の根抵当権が適法に登記されているのであるから控訴人の保護に欠くるところは少しもないというべきである。
と述べた。
理由
一 当裁判所は審究の結果、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は次に付加するほか、原判決の理由と同一であるから、ここにこれを引用する。
(一) 控訴人は包括根抵当権を無効なりとし、その根拠として、債務者の信用状態が悪化した場合に、根抵当権者が、他から廉価で、債権もしくは債務者振出の約束手形を取得して不当に利得するおそれがあることをあげる。
しかし当裁判所もまたいわゆる包括根抵当は有効であると解する(最高裁判所昭和三二年七月九日判決、民集一一巻一二二六頁、東京高等裁判所昭和三二年七月一七日決定高民集一〇巻二九二頁参照)。そして一般に、包括根抵当権は債権の極度額が定められ、その旨の登記がなされるから(本件においても右の事実は当事者間に争がない)、第三者に不測の損害が与えられる心配はない。また控訴人主張のような根抵当権者が不当に利得するおそれがあるからといつて、かかる場合は例外的事例というべく、その一事をもつて直ちに包括根抵当をすべての場合に無効とすべきでなく、かかる例外的事例の場合は、その救済につき、権利濫用の法理等別個に考慮すれば足りる。本件において、埼玉銀行が本件約束手形等を不当に取得した、もしくはさらに被控訴人が同銀行から抵当権付で右約束手形を不当に取得したと認めうる証拠はない。
(二) 控訴人は、被控訴人においてもともと奥川商工に対し何らの担保も存していなかつたものである。一方奥川商工も被控訴人に対し何らの担保も供さず自分自身の信用に基いて約束手形を振出交付したのである。また被控訴人も右手形を自分自身の信用に基いてその割引を受けていたものである。そしてかかる何らの担保も有しない手形の交付を受けた被控訴人がたまたま埼玉銀行からその割引を受けたために、その手形金債権が被担保債権となるのは不合理である。しかも被控訴人が右のとおり割引を受け、その手形を買戻しただけのことなのに、そのさい同銀行から他の債権及び担保等も同時に譲受けることにより、もともと無担保であつたのに被担保債権となつたのであるから不公平であると主張する。
しかし奥川商工は、埼玉銀行との間に、自己の振出した手形で、後日第三者を介して取得するに至つたものについても本件根抵当権により担保されることを合意したことさきに引用した原判決の理由において説示したとおりであり、右事実に手形取引の実情及び弁論の全趣旨をあわせると、(1) 埼玉銀行が本件約束手形を割引くにあたつてはその割引依頼人である訴外太陽木材工業株式会社(以下太陽木材という)もしくは被控訴人の支払能力のみならず、特にその振出人であり、従つて手形上の義務者である奥川商工の信用状態を重視してこれを割引いているものというべく、この場合の信用状態には当然奥川商工がその振出す手形によつて銀行に支払義務を負うにいたるときは同人の銀行に供した本件根抵当権によつて担保さるべきことになるということが考慮されているとみるべきこと、(2) 割引依頼人たる太陽木材及び被控訴人においても、埼玉銀行が被控訴人らの支払能力のほか、特に振出人であり、手形上の義務者である奥川商工の右のような意味における信用状態をも重視して右手形を割引いてくれるものであり、従つて奥川商工振出にかかる右手形は埼玉銀行において容易に割引いてもらえるものであることを知つていたと推認すべく、その故に被控訴人らも、奥川商工の信用状態を調査のうえ、奥川商工からかかる手形の振出交付を受けたものというべきであり、(3) 奥川商工も右約束手形が埼玉銀行において自己の信用により割引かれるに至るであろうこと、従つて割引依頼人たる被控訴人らがそのような事情を知つてこれを取得するものであることを知つていたというべきであることが認められ、以上(1) ないし(3) の事情に徴すると、実質的には被控訴人らが埼玉銀行から割引を受けた本件約束手形は埼玉銀行で割引く限りその振出の当初から本件根抵当権により担保されていると同様の価値ある手形であつたものというべきであつて、決して無担保債権が埼玉銀行を経由したことのために一変して有担保債権となつたものというべきでなく、これを不合理であるとする控訴人の主張は採用し難い。奥川商工に対する埼玉銀行の本件約束手形金債権は本件根抵当権の被担保債権となるのであり、被控訴人がこれをその根抵当権付で譲受けたからといつて被控訴人の立場はこの種債権の他の一般の債権譲受人と少しも変らず、強いてこれを目して不公平といいえないこともちろんである。もともと控訴人が本件物件につき根抵当権を取得するにさいしては、自己に優先する第一順位の埼玉銀行の被担保債権極度額二、〇〇〇万円のあることを知悉したはずであり、従つてたまたま本件物件の売得金が右先順位抵当権を超えず、これから配当金を得られなかつたからといつてそれはむしろ控訴人において物件の価額と先順位根抵当権の極度額とを勘案することによつて最悪の場合はしかあるべしと当初から予期していたというべきであり、そのことのために控訴人の保護に欠けるものと非難するのは当らない。(なお右譲受については奥川商工も関与し、これについて異議なく承諾をしているのであるから、債務者に不測の損害を及ぼしているものというべきでないことも明白である)。
二、よつて原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 上野正秋 柏原允)